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昨日(2016/10/20)のブログの中で、「私が、心理カウンセラーの心屋仁之助氏のいうところの“後者”であるからなのかな。」 と書いたのですが、読んだ方から「“後者”って何?」という質問のメールをいただきました。

それについては、youtube で下記にアクセスして見て(聴いて)ください。
https://www.youtube.com/watch?v=yFChWprUAFM
https://www.youtube.com/watch?v=DThlQhplSQ8

要するに、人の性格のタイプ分けなんですが、私は友人と雑談していて教えてもらって、見た(聴いた)ところ、たいへん面白くて、それから心屋氏の著書を何冊か読みました。
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ペン趣味の現状

2016/10/20 Thu 09:49

私は筆記用具を集めることを趣味の一つとしていて、それにつていは 2013/10/22 と 2013/11/12 に、すこし書いたのですが、そのころは関心はもっぱら万年筆にありました。万年筆こそ筆記用具の王者、チャンピオン、あんたが大将、と思っていました。

ところが今は、その関心はボールペンに移っています。
そのきっかけは、ペン字コンサルタントの阿久津直記氏の「練習しないで、字がうまくなる!」という、おいしい題の本の影響なのですが、その中で、きれいな字を書くには、顔料ゲルインキボールペンを推しているんです。
それまで、ボールペンなんて、安物・大衆的・俗物・二流・・・という気があって、あまり関心がなかったのですが、その本を読んで、ゼブラのサラサグリップという顔料ゲルインキボールペンをスーパーで100円くらいで買って書いてみたところ、あまりの良い書き味に感動してしまって、すっかり打ちのめされてしまいました。(大げさですが)

それがきっかけでボールペンにはまってしまって、安いのは80円から、高いのはドイツ製の6000円のまで、いろいろ買いました。
それで今に至っているのですが、いろいろ試した中で、私的に一番書きやすくて持ちやすくて、それにデザインもいいと思っているのは、三菱のシグノRT1というボールペンです。150円也。
今では、手紙も日記も、請求書も、もっぱらこれで書いていて、万年筆は全然使わなくなってしまいました。

ただ、たまにちょっと晴れやかな場で、大事な文書にサインするときなど、150円のボールペンではやっぱりちょっと・・・、という気もするので、そういう時の専用として、もうすこし高級感のあるものも何本か買って持っています。その中で一番気に入っているのは、シェーファー(米国製)の100シリーズのボールペン、その次は、パーカー(英国製)のIMシリーズのボールペン。
値段はシェーファーが3000円、パーカーが1500円。まあたいしたことないのですけど、デザイン的に気に入っています。

そもそも私は万年筆の時もそうだったんですけど、モンブランやペリカンなどという高級ブランド品を買うのがいやで、パイロットの中級クラスのものを愛用していましたし、ボールペンでもモンブランを初めとする高級ブランド品に手を出すのが、なにかいやなのです。(それは私が、心理カウンセラーの心屋仁之助氏のいうところの“後者”であるからなのかな。関係ないか。)

ただし、シェーファーもパーカーも、本来はどちらも油性インク入りのボールペンで、書き味は顔料ゲルインキよりも明らかに劣ります。それで、リフィルアダプターという、インキの芯を換装できるアダプター(950円もする)を買って、ゼブラの顔料ゲルインキの替芯(172円)を入れて使っています。(但し、日本の油性インキボールペンは、顔料ゲルインキに匹敵するくらい書き味の良いものもあります。)

まあ、ペン趣味の現状は、そんなところで、それにしても金のかからない趣味で、うれしいやら情けないやらという感じです。

IMG_4941a.jpg
左から、三菱シグノRT1、シェーファー100、パーカーIM
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先日、私の愛読書のなかで真っ先に挙げた、陶淵明の「桃花源記」
ご存じのとおり、桃源郷の物語で、ある漁師が小舟で途に迷って川を上流の方に漕ぎ進んで行ったら、桃の花がたくさん咲いているところの奥に見知らぬ村があって・・・というお話。
不思議と心の琴線に触れるものがあるんですよね。
これについて、とても素敵はアニメ動画がYOUTUBEにアップされているので、ご紹介します。

toukagenki.jpg
http://www.youtube.com/watch?v=ZHPQchQgTVc
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つげ義春が芸術新潮に!

2014/02/02 Sun 19:41

前回の記事の「私の愛読書」の中で、つげ義春の漫画をあげた。それについては、以前にこのブログでも書いたことがあるが(2009/11/01,2009/11/02)、なんとなんと、あの「芸術新潮」の本年1月号が、つげ義春特集なのであった。
そして私の好きな名作「紅い花」が全編原画によって掲載されている。
すごいじゃないか、ついにやったね、つげ義春!

IMG_3048.jpg

この表紙になっているのは「ねじ式」という漫画の一場面。
「ねじ式」は、当時は他に例を見ないシュールな内容で、作者の代表作としてしばしば採り上げられるのもわからないではないが、私は「紅い花」や「無能の人」といった作品のほうが好き。
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私の愛読書

2014/01/31 Fri 20:08

私は本が好きで、毎日暇があれば本を読んでいるのだけど、べつに読書が趣味というわけではない。私にとって読書とは、毎日ご飯を食べるのと同じようなもので、まあいわば暮らしそのものなので。

それで先日ある地方ラジオ局の番組に出演したときに、アナウンサーの人に遠藤さんの愛読書は、と訊かれて、その時に挙げたものを記すと、

陶淵明「桃花源記」
与謝蕪村の俳句
鴨長明「方丈記」
つげ義春「無能の人」「紅い花」など


それから家に帰ってきて、もう少し考えてみたら
連城三紀彦の「戻り川心中」などの推理小説的短編
浅田次郎の「霧笛荘夜話」や「鉄道員(ぽっぽや)」などの短編

はよく読む。

まあ、とりとめのないような選択だが、私なりに一貫性はあると思っている。
なんとなく崩れそうで崩れないみたいで、やっぱり崩れているという、そんなとこかな。
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私が万年筆を集めていることは、「美文字ブーム」2013/10/22 のところに書きましたが、最近買ったパイロットのヘリテイジ91という万年筆が、もう一つ書き味が不満で、近くにある万年筆のお店に行って、ペン先の調整をしてもらいました。
神戸のJR元町駅の近くにある、Pen and messageというお店です。

何が不満だったかというと、字がかすれることがあることです。特に左方向や左上方向に引く線がかすれることが多く、使っていて、ちょっとストレスがありました。
パイロットの万年筆は、ほかにも持っていて、それはもっと安価な鉄ペン先のものであったり、ずっと古いの1970年代製造のものであったりするのですが、どれもこんなことはないのに・・・。
それで思い切って、そのお店に行ってみたわけです。

それで店主さんに相談してみたら、話を聞いてくれて、すぐに調整をしてくれました。10分もかからなかったです。金額は2500円。
でも驚きました。すごく書きやすくなって。
いやあ、嬉しいです。

before
調整前(インク:パイロット・ブルーブラック)

after
調整後(インク:セーラージェントル・ブルーブラック)

91
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美文字ブーム

2013/10/22 Tue 18:28

ここのところ美文字ブームだそうですね。今日の新聞(読売)に載っていました。

IMG_2798a2.jpg
(画像をクリックすると拡大表示されます)

実は私も1か月くらい前から「美文字練習帳」というのを買って練習しているんです。
一応1か月で一通り終わって身に付くような練習プログラムになっているのですが、まだ半分くらいしか進んでおらず、身に付きつつあるのかどうかも、よくわかりません。

でも私は、今日新聞を読むまで、世間がそのようなブームであることは知りませんでした。
私が文字を練習しようという気になったのは、3か月ほど前、ふとしたことで万年筆を手に入れたのが、そもそものきっかけです。それまでボールペンで書いていた日記を万年筆で書くようになったのですが、そうすると書くこと自体がすごく楽しくなって、そのうちに、もっと美しい字で書けたらいいなあと思うようになりました。それで練習を始めたのです。

ですから世間のブームに影響されたわけではなくて、自分が興味を持ったことが、気が付いたら世間でもブームになっていたというわけです。
私、そんなことがわりとあるような気がするんですが、皆さんはそんなことありませんか。
これって、カール・ユングの言う、集合的無意識のなせることなのかなあと思ったりします。

ともあれ、万年筆を使うようになって、字を書くことがこんなに楽しいということを、初めて知りました。
日記の量が、ボールペンで書いていた時の3倍くらいになりました。

IMG_2800a.jpg

(私のお気に入りの万年筆たち。あれよあれよという間に、こんなに増えてしまいました。でも1本1,000円から、高いものでも1万円まで。モンブランやペリカンは持ってません)
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さて、兵庫県加東市にある、上鴨川住吉神社。
わりと小じんまりしているが、いかにも神社らしい神社だと私は思う。
どういったところが神社らしいのかを、これから書く。
というのは、神社と言えば、出雲大社とか、春日大社とか、兵庫県内で言えば、西宮の戎神社とか、神戸の湊川神社とか、ああいった大きくて立派なかまえの神社が神社だと思っている人が多いからだ。
しかしそうではないのだ。本来の神社らしい神社とは、この上鴨川住吉神社のような神社をいうと思うのだ。

道路からは、境内の様子が全く分からない。そこに神社があることさえも、見落としてしまいそうなくらいだ。
車を2,3台停められる程度の駐車場(というよりも空き地)があって、そこから石段を登る。
石段を登るまで、やはり境内の様子は見えない。

IMG_1137a.jpg

石段を登りきると、境内があるが、塀などで囲われているわけではない。まわりが杉などの高い木で囲まれていて、そこだけぽっかりと空いたような空間になっているのだ。
それがいかにも神域という感じを醸し出している。
建物がいくつか建っているが、境内の周囲に沿って建っているので、境内の中央は広場的に空いている。建物もきわめて質素な造りだ。

IMG_1136a.jpg

で、面白いのは、その広場の中央に、木の幹が一本立てられていることだ。
実は私が訪れたのは、この神社で一年に一度催される「神事舞」という舞踊的神事の数日前だった。そのため、その神事のための、神さまの依り代(よりしろ)として、その木の幹が建てられていたようだ。神さまというのは、普段はそこにいるわけではなくて、どこか高い所にいるので、神事をするときには、降りて来てもらうのだ。依り代は、そのための目印である。

広場の奥側に鳥居があって、そこからまた石段を何段か上るようになっている。そこにも建物がある。それが拝殿だ。
拝殿は、本殿とは違う。本殿はもっと奥にあって、降りてきた神さまは、そこにご滞在になるので、それを拝むための場所が拝殿だ。
出雲大社などで、大きなしめ縄がある建物が拝殿だ。観光ガイドブックなどでは、それがドーンと紹介されるので、それがメインの本殿だと思っている人が多いが、そうではない。本殿は拝殿の更に奥にあって、通常、あまり見えない。
この上鴨川住吉神社でも、広場からは本殿はよく見えない。鳥居をくぐって、石段を上がると、拝殿の奥に見えてくる。
このへんの奥ゆかしさも、同じ宗教建築でも、お寺とは違う、神社の特徴と言える。

IMG_1135a.jpg

さて、その本殿は、1970年に解体修理が行われ、その時に木部の塗り替えなども行われたので、他の建物に比べると色鮮やかで新しく見えるが、1493年に建てられたものだから、すでに500年以上を経過している。
流造(ながれづくり)の優美な建物である。

私がこの神社を気に行ったのは、そのあり方が権威主義的でないこと。
古事記や日本書紀によって、神さまは天皇(つまり当時の最高権力者)の祖先として権威づけられ、以来、そのことを強調するような豪壮な造りの社殿を持つ神社が多く造られてきた。
しかし、この上鴨川住吉神社は、それ以前の、民衆の守り神であり、また畏れの対象であった神さまのありかたの雰囲気を、よく残していると思う。
こういった神社は、都会ではなく、こういった田舎に多数点在すると思う。そのような神社は、観光ガイドブックには殆ど載ることがないだろうけど、それを一つ一つ訪ね歩くのは、たいへん面白そうな気がする。

なお、同行した安田倫子女史(この人は仕事上のパートナーですが、一緒に暮らしている人でもあります。)は、さいしょ私の蘊蓄を、ふーん、などと言いながら聴いていたが、そのうち銀杏の大木の下に、たくさんのぎんなんが落ちているのを見つけ、車からビニール袋を取ってきて、私の話なんかそっちのけで、それを集めるのに夢中になってしまった。
しかし、家に帰ってから、煎って食べたぎんなんは、粒が大きくて、綺麗なエメラルドグリーンをしていて、とても美味しかった。


(追記)
上鴨川住吉神社神事舞の写真のサイトがありました。
http://kobe-mari.maxs.jp/kato/sumiyoshijinja_shinjimai_01.htm
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最近、神社がわりと好きで、休みの日など、ドライブの途中で神社があったりすると、ちょっと寄ったりする。
なんで神社が好きになったかというと、「日本のもと・神さま」(中沢新一著)という本を読んだのがきっかけだ。なんで、その本を読んだかというと、同じ著者の「日本の大転換」という本を読んだからだ。
それで、なかなか面白い考え方をする人だと思って、アマゾンで検索したら「日本のもと・神」さまという本があったので、これも読んだわけだ。

IMG_1209a.jpg

実はこれ、小学生向けに書かれている本で、ちょっと難しい漢字には、ほとんど振り仮名が振られている。こういう子供向けの本というのは、私はわりと好きで、字も大きいし、文章も分かりやすいし、マンガ風イラストも多いのがいい。(つまり私の読解力が10歳程度ということか。)
それで、神さまというのは、日本人のアイデンティティーに通じることろがあるなと思ったのだ。(なお、日本で神様と言うと、キリストやアラーやブッダや松下幸之助も神様ということがあるけど、ここでいう神さまとは、天照大神(アマテラスオオミカミ)とか、大国主命(オオクニヌシノミコト)とか、須佐之男命(スサノオノミコト)など日本古来の神さまのこと。)
そして更にいくつか神さま関係の本を読んで、一応の知識を仕入れた。

で、神さま関係の建築と言うと神社だ。
建築設計をやろうと思って大学の建築学科へ入って勉強し始めると、日本建築史という講義もあって、日本の古来の建築についていろいろ学んだ。
神社建築についてもいろいろ学んだが、その代表作は、「伊勢神宮」と「出雲大社」である。私は特に伊勢神宮内宮の建築的デザインの素晴らしさに感動した。
といっても、この建物は一般人がその近くまで立ち入ることはできず、実際には、ほとんど見ることができない。だから写真だけだが、それでも素晴らしいと思った。
格調の高さ、清潔感、優雅さ、日本文化の真髄のような建物だと思う。

IMG_1208a.jpg
                       (小学館「原色日本の美術」第16巻から)

まあ学生時代の、そんな経験もあって、神社とか神さまとかには、もともと惹かれるものがあったのだ。

で、この前立ち寄ったのは、兵庫県加東市にある、上鴨川住吉神社。
わりと小じんまりしているが、いかにも神社らしい神社だと思った。

(そのことについては、また次回に書こう。)
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先日、法隆寺へいってきました。パートナーの安田倫子女史も同行。
なぜ法隆寺へ行きたくなったかと言うと、最近「法隆寺の謎を解く」という本を読んだからです。著者の武澤秀一氏は建築家なので、建築を設計する人から見た法隆寺論ということでが、たいへん興味深く読みました。

で、何が法隆寺の謎かというと、色々あるのですが、一番のメインの謎は、中門の中央に柱が建っていて(下の写真参照)、このような設計は日本のお寺に一つもないということ。

IMG_1204a.jpg

これは昔から謎とされていて、いくつかの説が出ていたのですが、一番センセーショナルだったのが、梅原猛が「隠された十字架」という本で打ち出した、聖徳太子一族鎮魂説です。これは有名な説なので、ご存知の方も多いかもしれませんが、聖徳太子の死後、その息子の山背大兄皇子が、皇位継承のトラブルから蘇我入鹿の軍勢の襲撃を受け、斑鳩寺(聖徳太子の私寺だった)にて家族全員、女子供まで自害して絶えた。その後、その祟りを恐れた者たちが、聖徳太子一族の魂を鎮めるために法隆寺を造り、怨霊をそこに封じ込めるために、門を封印するという意味で、中門の中央に柱を建てたというものです。

この梅原説に対して、武澤氏は真っ向から反論しています。その理由や根拠などは、推理小説の謎解きのように面白いので、興味のある方は、ぜひ本を読んでいただきたいと思いますが、要するに、機能上のこととデザイン上のことで、そのようにしたのだというわけです。この機能とデザインに理由を収斂させるところが、いかにも建築家の論で、私としては面白かったし、梅原説よりも納得できるところが多かったです。
それで私としては、この武澤説を検証すべく法隆寺を訪れたわけですが、そこで奇しくも私は、中門の柱についての全く新しい説、安田倫子説に遭遇することになりました。

安田倫子女史によると、「そんなん、真中に柱がある方がしっかりするから、そうしたんとちゃうん。」ということで、その根拠としては、柱の下部で柱を支えている礎石に形に注目したのです。中門の柱は10本あるので、礎石も10基あるのですが、それぞれの礎石の形が、みんな違っていて、形がいびつで、大きさもまちまちで、要するに、その辺にあった手ごろな石(といってもけっこう大きいが)を持ってきて適当に置いたのだというわけです。
なるほど、そう思ってみますと、その通りです。中門はメインの出入り口なのですから、礎石が皆そろっている方が格好がいいし、それに形もばらばらで、大きさもまちまちなら、つまづきやすいです。
であるにもかかわらず、そのような石が使われているのはなぜか。その理由を安田女史は「昔の人は大らかだった」と一言のもとに決定づけるわけです。設計者も施工者も、そして建築主もおおらかであって、当時は石を運んだり切ったりするのは大変な労力を必要としたはずだから、「そんな無理せんでええやん、適当でええやん。」という感覚のもとに、このような礎石が使われたのだというわけです。

そして、この大らかさは、礎石のみならず、中門の設計および施工にも同様に発揮され、当時の設計者や施工者曰く「まあ大体このお寺だったら、これくらいの大きさの門はほしいよなあ。そうすると出入り口の幅はこれくらいがいいよなあ。そこに柱を建てるわけだけど、普通に中央を空けるような柱配置にすると、どうもそれぞれの柱間隔が広すぎるようになってしまって、ちょっと構造的にあぶないよ。そしたら1本柱を増やすか。門の真ん中に柱が建ってしまうけど、べつに通れないわけではないし、かまへんやん。」という感じで、そのように施工されたというわけである。
それを後世の人が、ああでもないこうでもないと、小難しい理屈をひねり出して論じているだけであって、安田女史曰く、「昔の人は大らかで、そんか難しいこと何も考えてへんねん。あの礎石を見たらわかるやん。」と、こうなるわけである。

ついでに法隆寺のもう一つの謎として、その伽藍配置があります。
当時の主要なお寺は、四天王寺にしても、東大寺にしても、薬師寺にしても、金堂や塔の配置が、左右対称になるようになっているのに、法隆寺では、中門を入ると、左に塔が建っていて、右に金堂が建っていて、左右非対称の配置になっています。(次の写真は、中門から北を見たところ。)

IMG_1200a.jpg

この左右非対称配置は、その当時、2,3の寺で採用された例はあったようですが、きわめて少なく、残存している例は法隆寺しかありません。なぜ法隆寺では、このような配置にしたのか。

これについても梅原猛は鎮魂鎮魂と言い、武澤氏は機能とデザインと言うわけですが、安田女史は違います。
法隆寺の回廊で囲まれたスペースの北側は、すぐに斜面となっています。で、当時の設計者と施工者曰く「あの斜面を削るのは大変やから、やめとこな。せやけど、そうなると南北が狭くなってしもうて、塔と金堂を前後に建てるのは無理やで。そしたら左右に建てたらええやん。左右対称にはならへんけど、べつにかまへんのとちゃうん。かえっておもしろいやん。」というわけで、ここにおいても、古代の人たちの大らかな発想、というか無理しないという自然態の心、というか、ええようにしたらええやん、というこだわらない心が、大いに発揮されたわけです。

以上、法隆寺の謎に対する、安田倫子説をご紹介しました。
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つげ義春のこと(2)

2009/11/02 Mon 14:39

もうすこし、つげ義春のことを書こうと思うのだけれど、彼について、こんなことが書かれているのを読んだことがある。

(つげ義春「蟻地獄・枯野の宿」(新潮文庫)の高野慎三氏の解説の文中)

『かつて著者(つげ義春)は、私(高野氏)の質問に答えて、創作意欲というようなものはない、と言い切った。「自分は金があれば描かないんです」ということであった。
だが、この「金があれば」ということばを経済的に余裕があるという意味にとらえると大間違いである。著者にとって、(中略)大金はほとんど意味をなさない。したがって「金があれば」というのは、「生活できれば」ぐらいのことだ。』

へえ、そうなのか、と私は思った。
しかし考えてみると「創作意欲」っていうのは、いったい何なのだろう。
もの作りに携わっている人には創作意欲が必要不可欠のものであると、世間の大抵の人が思っている。
しかし本当にそうだろうか。

本当に必要なのは、創作能力であって、創作意欲ではないのではないか。

ひるがえって、自分の建築設計という仕事を考えてみたとき、そう思うのだ。
なまじ創作意欲などというものがあるから、施主のお金でつくる施主の住まいにおいて、自分の表現意欲を満足させようというような、そしてそれを世間に売り込もうという

ようなスケベエ心が働くのではないか。

建築家に必要なのは、知識と経験と理解力と責任感であって、創作意欲(ましてや表現意欲)などというものは無い方がいいのではないか、そんな気がする。


なお、つげ氏は1986年に49歳で「無能の人」6部作を書き終えたあと、2,3の作品を書いたのを最後に、現在まで20年以上、新作を一切発表していない。
それは、彼の作品がそのころ認められて、文庫本化などされ、それによってきっと「金がある」=「生活できる」状態になったからだろう。
そういうクールさが、私はやっぱり好きだ。
そういう彼の“生き方観”とでもいうものは、やはり彼の漫画作品(中でも「無能の人」6部作)に色濃く表れ、読む私を安心させてくれるのだ。

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つげ義春のこと(1)

2009/11/01 Sun 14:37

私は漫画とか劇画というのは、あまり読まないのだけれど、だだ一人、大好きな漫画家がいる。
つげ義春である。

彼のことを知るようになったのは、竹中直人が監督&主演をした映画「無能の人」(1991年)のDVDをレンタルで借りて見てからである。
この映画が、たいへんおもしろかったので、原作の漫画を買って読んでみた。
そしたら映画以上におもしろく、強く惹かれてしまった。

映画の原作になった「無能の人」6部作(「石を売る」「無能の人」「鳥師」「探石行」「カメラを売る」「蒸発」)は、ある意味で、私の人生ののバイブルでもある。
というよりも、主人公の助川助三は、私そのものであるような気がするのだ。

tsuge.jpg


その他にも「紅い花」「義男の青春」「海へ」「ほんやら洞のべんさん」「長八の宿」「池袋百点会」など、詩情とペーソスにあふれ、たかがマンガなのに何度読んでも飽きない。
私の好きな浅田次郎の短編小説(たとえば「霧笛荘夜話」)や、劇団ひとりの「陰日向に咲く」などと共通するものを感じる。

まだ読んだことのない方は、ぜひ読んでみてください。

(ただ、私の妻などは映画「無能の人」を見て、「何、この貧乏くさい映画。貧乏がうつる~、いや、いや!」」と散々だったが・・・。)

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「霧笛荘夜話」に思う

2009/10/01 Thu 12:35

浅田次郎の短編が好きで、殆どの本を単行本で買って持っている。
「鉄道員(ぽっぽや)」を初めて読んだときは、不覚にも涙がぽろぽろこぼれた。

その浅田の短編集の中でも、一番好きなのが、「霧笛荘夜話」だ。
霧笛荘というレトロなアパートを舞台に、その家主の老女と住人達の物語が展開するが、著者が描写するその建物の懐かしい雰囲気がとても良く、自分もこんなところに住んでみたいなあと思わせる。

私は、住宅の大切な要素の一つが、“懐かしさ”だと思っている。
それがそこに住む人の心を慰め豊かにする。
だから古いものは大切にしなければならないし、大きな価値があるのである。

そしてまた、私たちが設計し建築する新しい住まいであっても、そこになにか住み手にとって懐かしいものが感じられるといい。
またそこで大きくなる子どもたちにとっても、大人になったとき、その空間を懐かしく思い出すことのできるものでありたい。

その懐かしさというものは、住み手にとってみな違っていると思うが、設計のときの打ち合わせによって、それを上手く引き出せて、実現することができればいい。

そういうことを心に留めて、そしてそれを実現できるような建築家でありたい。
だから建築家は新しいものを創る立場でありながら、古いものも守ろうとするのである。

霧笛荘夜話

・・・浅田次郎 「霧笛荘夜話」 (角川書店)

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河井寛次郎記念館

2009/09/12 Sat 13:20

先日、京都にある河井寛次郎記念館を訪れた。
陶芸家の河井寛次郎(1890~1966)が、47歳のときに、自ら設計した自邸兼仕事場である。
外観は普通の町屋のように見えるが、中に入ると、かなり広い敷地を使って、中庭を中心に、自由な空間構成がなされている。
意匠的には、一般的な町屋あるいは民家風の伝統的なものであり、奇を衒ったところや、とりすましたところ、あるいは名士の邸宅などに時おり見られる権威主義的な雰囲気などは皆無であるが、吹抜け、中庭、スキップフロアなどといった、近代的とも言える建築構成上のエレメントによる各室の配置と全体の構成が自由闊達で、住宅建築としては、たいへん優れたものだと思う。
各室と中庭など外部空間との関係も、よく考慮されており、明るく開放的で気持ちが良い。
河井寛次郎は、建築の専門家ではないはずだが、それでいてこれだけの設計ができるとは、にわかに信じがたいことである。
やはり芸術に対する確かな目は、陶芸にも建築にも、活かされるものなのだろう。

写真の掲載は問題があるといけないので、外観だけにしておくが、この建物の持ち味は、その立体的構成と“気持ちのよさ”にあるので、写真では味わうことができない。ぜひ現物を見てほしいと思う。


河井寛次郎記念館

・・・撮影:助川一人(スタジオひとり)

河井寛次郎記念館のサイトは
http://hcn.plala.or.jp/fc211/sagi/

(ただし、そのサイトにある建物の写真は、たいへん下手です。)

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