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美文字ブーム

2013/10/22 Tue 18:28

ここのところ美文字ブームだそうですね。今日の新聞(読売)に載っていました。

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(画像をクリックすると拡大表示されます)

実は私も1か月くらい前から「美文字練習帳」というのを買って練習しているんです。
一応1か月で一通り終わって身に付くような練習プログラムになっているのですが、まだ半分くらいしか進んでおらず、身に付きつつあるのかどうかも、よくわかりません。

でも私は、今日新聞を読むまで、世間がそのようなブームであることは知りませんでした。
私が文字を練習しようという気になったのは、3か月ほど前、ふとしたことで万年筆を手に入れたのが、そもそものきっかけです。それまでボールペンで書いていた日記を万年筆で書くようになったのですが、そうすると書くこと自体がすごく楽しくなって、そのうちに、もっと美しい字で書けたらいいなあと思うようになりました。それで練習を始めたのです。

ですから世間のブームに影響されたわけではなくて、自分が興味を持ったことが、気が付いたら世間でもブームになっていたというわけです。
私、そんなことがわりとあるような気がするんですが、皆さんはそんなことありませんか。
これって、カール・ユングの言う、集合的無意識のなせることなのかなあと思ったりします。

ともあれ、万年筆を使うようになって、字を書くことがこんなに楽しいということを、初めて知りました。
日記の量が、ボールペンで書いていた時の3倍くらいになりました。

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(私のお気に入りの万年筆たち。あれよあれよという間に、こんなに増えてしまいました。でも1本1,000円から、高いものでも1万円まで。モンブランやペリカンは持ってません)
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屋根裏というのは、もともとそこに空間が存在するので、そこに部屋をしつらえても、ほとんどお金がかかりません。
これは絶対に使わなければ損ですので、私の設計室では大いに利用するようにしています。
むしろ屋根裏を部屋として使うという前提で、屋根の形を決めたりすることが多いです。

当然のことながら天井は低いですし、斜めです。窓も十分に取れないこともあります。
でもそんな空間が、ことのほか面白いんですよね。
落ち着くというか。籠る楽しみ。

もちろん明るくてオープンな空間もいいんですが、人間って必ず籠る習性も持っているので、家中どこもかしこも明るいオープンだと、かえって安らげないと思います。
だから、籠れる空間って、私は本当は大切なものだと思うんです。
せっかく一戸建て住宅を建てるんだったら、そんなスペースを作らない手はありません。

で、そんな例をいくつか。



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これは、超オーソドックスな屋根裏部屋。
でもガラスブロックの小窓がいいでしょう。
満月の晩など、ここから入ってくる月明かりで、この空間は不思議な雰囲気を醸し出します。



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この屋根裏部屋は、前に屋上を設けていて、そこに出入りができます。
明るいですし、しかもプライバシーは十分で、個人の書斎などとして、一般室と同じくらいに快適に、しかも落ち着いて使えます。



@子供室ロフトa

これは、部屋自体としては狭いのですが、屋根が形状を利用して立体的な構成を行っています。
これまた、なにかおもしろい使い方ができそうだと思いませんか。



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これは「隠れ家」へ通じる階段の例。
屋根裏部屋に行くためには、どうしても階段が必要になりますが、できるだけ場所をとらないようにするために、コンパクトにして、ちょっと急な勾配にすることが多いです。でもそれが、かえって「隠れ家」へ通じるわくわく感を高めることになるんです。



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これは何?・・・秘密です。
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なんだ、これは。とお思いでしょうが、これは部屋の中の部屋です。
施主さん(Aさん)の個人スペースなのですが、部屋の中にあえて小さな部屋を作っています。
そしてロールスクリーンで、まるで昔の「御簾の内」のように仕切られるようになっています。
(写真では、一部だけ巻き上げています。)

念のため申し上げておきますが、これはれっきとしたAさんご本人からの要望です。
Aさんは、狭い部屋にこもって、本を読んだり、寝転がったり、考え事をしたりしたかったのです。
それができるスぺースが、彼の家の第一要求でした。(ちなみに彼は、医師です。)
これは変でしょうか?私は全然変だとは思いません。きわめてまっとうで、共感できる要望ではないでしょうか。
そしてこのような部屋ができました。

部屋は広いのが良くて、天井が高いのが良くて、明るいのが良い、という世間の常識(こんなことは、いわれなき常識で、真実でもなんでもありませんが)、それに対するアンチテーゼのようなこの空間は、しかしクライアントにとっては、かけがえのない居場所です。
この空間は家の一部でありながら、Aさんにとっては、全世界に対峙して存在しています。
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以前、何のCMだったか、縁側のようなところで中年息子役の岸部一徳が、なんだかうだうだと蘊蓄を垂れると、横にすわっていた老父役の大滝秀治が「つまらん!おまえの話はつまらん!」と一喝するコマーシャルがあった。
けっこう印象的で、私はおかしがるとともに、これって家のCMに使えるぞと思ったものだ。
すなわち、息子が新居を建てて、訪れた老父に、うだうだと蘊蓄を垂れて自慢しかけると、父親が「つまらん!おまえの家はつまらん!」と一喝するのだ。
これはなかなかいけるぞと思ったが、そんなコマーシャルは現れなかった。当たり前か。

ところで私の父は56歳で亡くなったので(私はその時28歳)あの岸部と大滝のような中年息子と老父という関係を持つことはできなかった。
しかし、もしもっと長生きして、私の設計した家を見て「つまらん!おまえの設計はつまらん!」と言ったとしたら、それもなかなかいいものだったかもしれない。
(もっともその役は、今では私の妻-パートナーの安田倫子-が引き受けることになったのだが)

私がそんなことを考えたりするのは、やはり私は、「家というものは、つまらないものであってはつまらない、おもしろいものでなくては」と思うからだ。

でも「おもしろい」と言うとよく誤解されるのは、それが「奇抜」ということと同義と受け取られることだ。
「おもしろい」というのは「奇抜」とは違う。
他人から見れば「奇抜」に見えたとしても、建て主(施主)本人にとっては決してそうではなく、まじめに自分の思いを実現させていった結果だ。

もうひとつ「ひとりよがり」の類似語と受け取られることもある。
これについては、その「おもしろさ」が建て主の思いを無視した設計者のひとりよがりであってはいけないのだけれど、建て主本人は大いに「ひとりよがり」であっていいと私は思っている。

ただ、「おもしろい」ということが「奇抜」とか「ひとりよがり」に陥らないためには、そこに品位というものが存在するかどうかによる。この点は重要だ。

たとえば絵画ならモネにしてもルノアールにしても、音楽ならブラームスにしてもチャイコフスキーにしても、それらの作品は当時としては「奇抜」とか「ひとりよがり」と感じられたかもしれない。しかしそれが長い年月に耐えて、人の心を癒す大切でかけがえのないものとして残ったのは、そこに品位というものがしっかりと保持されていたからである。

それは住まいの設計についても同様で、いつまでも住み手の心に働きかけ、癒す力を持ち、かけがえのないものになるためには、品位が保持されていることが重要だ。
私の言う「おもしろい」ということには、必ずその奥に品位ということが存在していることを前提としている。

さて、ではどういう家が「つまらない」かというと、それは建売住宅とかハウスメーカーの住宅とかが、その典型である。つまり万人向けの、あたらずさわらず、可もなく不可もない家のことだ。(ほんとうは不可のことも多いので、それは私の拙文「ここがおかしい日本の住まい」をお読みいただきたい)

しかしそれなら建築家(設計事務所)が設計した家は「おもしろい」のかというと、そうとも言えない。
皆さんも感じておられるかもしれないが、設計事務所が建てた家にも、実に画一的であり、おもしろみに欠けるものが多い。
その特徴としては、「ストイック」(禁欲的)と「気取り」というの二つの傾向があげられよう。
私の言う「おもしろい」というのは、これらに対するアンチテーゼでもある。
すなわち、もっと豊かで、楽しくて、大胆で、思いっきりがよくて、心の解放をもたらすような家ということだ。

但し、いま心の解放と言ったが、それは開放的な空間と作るいうことではない。
私がこれまで作った家には、音楽室、地下室、屋根裏部屋などがある。それらは閉鎖的空間であるが、その中にいることが心の解放をもたらすことになりうる。


と、ここまで、うだうだと書いてきたが、読んだ方は「つまらん!おまえの話はつまらん!」と仰っているかも知れない。その確率は70%くらいあるのではないかと思う。
そこで私は、話はこれくらいにして、これまで設計してきたいろんな家の中から、私の言う「おもしろい」例を、順次ご紹介していくことにしよう。

(次回に続く)
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(この記事は、2011年10月にMIXIに投稿した記事の再録です。)
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「バロック音楽随想」において(1)では音量について、(2)では音質について書きましたので、今回は音程のことについて書いてみたいと思います。

私がよく弾いているヴィオラ・ダ・ガンバという楽器は、ギターなどと同じように、フレットが付いています。ただ、ガンバのフレットは、ギターのように金属製で固定されたものではなく、ガット弦(不用になったものなど)をネックに巻いて結んであるだけですので、移動させることができ、自分で調整が可能です。
ではきちんと調整してあれば、正確な音程の演奏が可能かというと、そんなことはなくて、指の押さえる位置によって音程は変化します。(ガンバにフレットが付いているのは、開放弦の音色とそれ以外の音色を均一化するという役割が大きいです。)
すなわち、フレットの真上近くを押さえるのと、フレットから離れたところを押さえるのとでは、音程がかなり変わります。
ギターの場合は押さえる位置がずれても、音程はほとんど変化しませんよね。ですので、ガンバはギターとチェロの中間のような感じです。

で、私は仲間とのアンサンブルをする時は、たいていICレコーダーで録音をして、それをあとで聴くのですが、以前はどうも自分の音程が悪く、はずれていることが多いような気がして、そのことが気になって、ガンバを弾く時は、いつも電子チューナーを脇に置いて、時々それを横目で見ながら、自分の音程に狂いがないかチェックしていました。
ところが、そのように気をつけていても、あとで録音を聴くと、やっぱり音程がおかしいなあ、他の楽器(リコーダーやトラヴェルソ)とずれているなあと思うことがよくあって、それでともかく音程の良い演奏をすることが、自分の課題でした。

ところが忘れもしない今年(2011年)の3月31日、あるリコーダークラブのアンサンブルに参加して、何人かの方のお相手をしてガンバを弾いたのですが、その中にNさんというリーダー格の女性がいて、その人とテレマンのソナタをやりました。
そして帰ってから録音を聴いたのですが、このNさんとの演奏が、他の方々との演奏に比べて、段違いに私の音程が良く聞こえるのです。リコーダーとの音程のずれもなく、とても良い感じのアンサンブルになっているのです。
その時、わかりました。Nさんは、私のガンバの音を聴いて、それにご自分のリコーダーの音を合わせてくれたのだと。(そして、ついでに言えば、私自身の音程もそれほど悪いわけではなかったのだと。)

つまり二つの楽器が、どちらが正しいとか正しくないとかいうことではなくて、両者の音程がずれていたら、どちらも正しくないように聞こえるのですね。
もっとも、聴いている人は、たいてい高音楽器であるリコーダーの方に耳を傾けますので、両者がずれていると、リコーダーの方が正しくて、ガンバの方が正しくないように聞こえてしまうようで、その点、低音楽器は損ですが。

なお、アンサンブルに加わるもう一つの楽器、チェンバロは正しいはずだから、それを基準にして、チェンバロとずれている方が正しくないのだと判断できそうに思えるのですが、実際は、チェンバロの音というのは他の楽器の音とたいへん親和性が良くて、ちょっとずれていても合っているように聞こえるようです。ですからチェンバロを基準にして判断するのは、意外とむずかしいです。
(弦をはじく楽器は、どれも比較的音程のずれが目立ちにくいように思います。ギターやリュートなどがそうですが、弦楽器でも弓で弾くよりピチカートではじく方が音程のずれが目立ちにくいです。チェンバロはもちろん弦をはじく楽器です。)

その後、別の場でも同じような体験をしました。あるリコーダークラブの練習会があって、プロの先生がレッスンに来られるということで、私はガンバで、伴奏の通奏低音として参加しました。
その時、先生は生徒さんの演奏を聴いたあと、そこはこう吹いた方がいいですよと、その一部を自分で吹かれます。私は、生徒さんが吹くときも先生が吹くときも、同じように伴奏をするのですが、あとで録音を聴いてみると、先生の伴奏をしている時の方が、ずっと上手に聞こえるのです。

というわけで、アンサンブルにおいて音程の良い悪いというのは、一つの楽器の絶対的な周波数が正しいかどうかということもさることながら、複数の楽器が相和しているかどうかが大事なのだと、(ある意味、当然のことを)遅ればせながら気付きました。
そしてそのためには、それぞれの奏者がお互いの音をよく聴いて、それに合わせようとしなければならないようです。ですから、他の人の音を聴く余裕、その違いを聴き分けられる耳、そしてそれに合わせるべく音程を調整する技術が必要になってきます。
上手な人というのは、これらのことができる人だと思いますが、達人になると、それが瞬時に自動的にできちゃうようです。
したがって、そういう人とアンサンブルすると、本当にこちらまで上手になったように聴こえて、うれしくなってしまいます。

指がよく回るとか、タンギングが速くできるとかいうのは、それはそれで素晴らしいことですが、アンサンブルにおいては、もっと大事なことがあるんだなあと、近頃思っています。

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(この記事は、2011年10月にMIXIに投稿した記事の再録です。)
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バロックチェロについて

先日、神戸のホテルオークラのチャペルで古楽器によるコンサートがあったので、聴きに行ってきました。ルネサンスからバロックまで、いろんな曲が取り上げられましたが、トリはバッハのブランデンブルク協奏曲第4番でした。
リコーダーやヴァイオリンなどのソロ楽器だけでなく、合奏部も各パート一人のオリジナル編成で、チェロももちろん正真正銘のバロックチェロでした。

それを聴いていて、何年か前、あるアマチュアアンサンブルのコンサートを聴いたときのことを思い出しました。
神戸の布引にある「森のホール」という木造りの、わりと小さなホールでのコンサートだったのですが、その中で、クヴァンツのトリオソナタハ長調が演奏されました。
ピッチはA=440のモダンピッチで、編成はアルトリコーダー2本、チェンバロ、チェロ(モダン楽器)でした。

そこで私は、たいへんな違和感を感じました。
リコーダーとチェンバロは、モダンピッチとは言え、楽器のつくりはバロック時代と変わっていません。
この2者(3楽器)に対して、モダンチェロだけ“音”が違うのです。音の性質というか、音の有り様(ありよう)というか、そういうものが違うのです。

言葉では、うまく表現できないかもしれませんが、あえて表現してみますと、リコーダーとチェンバロは、それらの楽器から発せられる音が、先ずその周囲の半径2メートルくらいの空気を振動させて、その空気の振動がホール全体に広がるとともに、聴き手の耳に届くという感じ。
それに対してモダンチェロの方は、楽器で作られた音が、ストレートに放射され、直接音として、そのまま聴き手に届くという感じ。

いうなれば、リコーダーとチェンバロは、それらの楽器が震わせた、空気の震えを聴いている感じなのに対して、モダンチェロは楽器から発せられた音波そのものを聴いている感じとでもいえましょうか。
そういう音の性質あるいは有り様が違っているのに、それらが一つの曲において同じ空間で鳴っていることが、私に大きな違和感を感じさせました。

先日のコンサートでは、すべてがバロック楽器でしたから、そのような違和感はなく、チェロなどは、(ヴィヴァルディのチェロソナタも演奏されましたが、)こんなに大人しく、むしろ慎み深い楽器なんだな、という思いでした。

チェロというと、私にはドヴォルザークのチェロ協奏曲とか、ベートーヴェンのチェロソナタ3番とか、あるいはカザルスの弾くバッハの無伴奏などの印象が強くて、押しの強い、これでもか、どうだまいったか、というようなイメージを持ってしまうのですが、少なくともバロックチェロに関する限り、それとは正反対とは言わないまでも、かなりちがった音楽性を持った楽器だと思います。
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(この記事は、2011年10月にMIXIに投稿した記事の再録です。)
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私は1か月に1,2回、仲間とバロックアンサンブルを楽しんでいます。そして、その様子は必ずICレコーダーで録音して、後で聴いています。そうすると、演奏しているときは分からなかったいろいろなことが、わかります。

先日の集まりは、5人でした。いろいろな作曲家のトリオ・ソナタを中心に6曲演奏して楽しみましたが、私はその内2曲をフラウト・トラヴェルソ、3曲をヴィオラ・ダ・ガンバで参加しました。

今回の録音で、私が自分のガンバの演奏で感じたのは、各曲の各楽章の最後の音が、荒っぽくなっているということで、それが耳につきました。
私がガンバを弾いた3曲12楽章のうち、8つもの楽章が最後の音が開放弦で終わるのですが、それが、いずれも丁寧さを欠いていました。開放弦の音は、ただでさえ荒くなりがちなのに、最後まで弾けたという開放感というか安心感のために、ぞんざいになってしまったのだと思います。最後の音まで、というより最後の音こそ、最も丁寧に弾かなければならないと反省しました。

それといつも思うのですが、自分ではかなり小さい音で弾いているつもりでも、録音を聴くと、意外と大きな音で聞こえます。これはバロック音楽では低弦の音とチェンバロの左手が重なっているということもあるのだと思いますが、それを差し引いても、意外とよく聞こえています。
以前に、一緒にアンサンブルをした人が、私のガンバについて、「そんなに強く弾かなくても、ちゃんと聞こえていますよ。」とおっしゃったことがあります。それから、音量には気をつけるようにしているのですが、それでも興に乗ってくると、ついつい弾きすぎてしまうことがあります。

そもそも、バロック室内楽の低弦のパート譜には、よく「Violoncello o Viola da gamba ad lib.」と書いてあります。これは「チェロまたはガンバは、ご自由に」(つまり合奏に加わっても加わらなくても、どちらでもよい)ということですが、「Cembalo ad lib.」とは決して書かれていません。つまり、チェンバロは絶対必要だけど、低弦は、あってもなくても、どっちでもよいということです。であるならば、低弦が入って、通奏低音が、より良くなるのでなければ、意味がないわけです。

では、より良くなるというのは、どうなることかというと、通奏低音の主役であるチェンバロを補助して、その表現を豊かにすることにあると思います。
チェンバロは鍵盤楽器ですから、どうしても一旦出た音は時間とともに直線的に減衰するわけで、しかもその発音機構上、強弱や音色の変化をつけにくいという特性があります。私は、そのことが鍵盤楽器の欠点とか弱点であるとは必ずしも思いませんが、曲想によっては、何らかの変化がほしい場合があると思います。
それを助けるのが低弦の役割で、私個人的には、低弦が入ることによって、あたかもチェンバロの低音(左手)の音が長く伸びたり、自由な強弱をつけたり、音色や表情の変化をつけたりしているように聞こえるというのが理想だと思っています。

まあ、なかなか理想通りのことはできませんが、すこしでもそれに近づけることができればと思っています。
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小林よしのり氏は漫画家であるが、「ゴーマニズム宣言」という一連の著作で有名な人である。
「戦争論」「靖国論」「天皇論」などがベストセラーになったりして、私は、右翼的考えの人というイメージを持っていたので、なんとなく遠ざかっていた。
その小林氏が「脱原発論」という本を出したというので、買って読んでみた。

原子力発電のことについては、私もこのブログでもこれまで何度か書いた。
基本的には、私は原発の存続に危惧を持っている。その理由は、原発がたいへんな危険性を有していること(地震や津波だけでなく、テロや他国からの攻撃に対しても)、そして放射性廃棄物の処理について未解決かつ深刻な問題を有していること、この2点であり、そして原発を使わなくても電力は足りると思われるので、それでも原発を存続させることには、何のメリットもないと思うからである。

私がこのような考えに至ったのは、京大の小出裕章氏の主張や著作に拠っている。小出氏は、どちらかといえば左翼的な人である。(はっきりそうだとは言えないかもしれないが、そんな雰囲気を持っている。)

それに対して小林よしのり氏は前述のように右翼的な感じがするので、原発についての小出氏と小林氏の考えはどう違うのだろうかという興味もあった。

そして読んでみたら、お二人の主張は、全くと言ってよいほど一致していた。

それで私は、もう脱原発というのは左翼も右翼もない、きちんと考えて行けば当然の帰結なのだと思うようになった。

(先ほど「原発を存続させることには、何のメリットもない」と書いたが、原発存続派の中には「原発が止まればば経済的に日本が立ち行かなくなる」と主張して、それをもって原発を存続させるべきと主張している人も多いようだ。しかしこの点も根拠がないことを、小林氏は論破している。)

ぜひ読んでみてください。

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設計室の車のこと

2012/07/14 Sat 15:58

今年の4月に設計室の車を買い換えました。
日産キューブです。
それまでは3ナンバーの2500CCのセダンに乗っていたのですが、燃費が悪く、ハイオクガソリンでせいぜいリッター7キロくらいしか走らない感じで、車の買い替えはガソリン代の節約が第一の目的でした。
そもそも住宅の設計において、省エネ、エコロジーを標榜して、施主の皆さんにもそれをお奨めしているのに、その設計室の使っている車がエネルギー大喰らいでは、どう考えてもおかしいわけで、それで燃費の良いエコな車にしようと思ったわけです。

で、車を探し始めたのですが、もともとあまり車に興味がないので、現在どんな車種が出ているのかも、よく知りませんでした。
それで、通勤の行き帰りに街で走っている車をキョロキョロ見ていたら目にとまったのが、キューブでした。
それで、近くのディーラーに行って、見せてもらって、試乗もさせてもらって、たいへん気に入ってしまいました。

一番のポイントは、とにかく内部が広いこと。天井が高くて、フロントのガラスや側面のガラスもわりと立っている(傾斜が少ない)ので、私のような座高の高い男でも、頭の上や額の前方に十分な空きがあって、開放感があります。
あらためて街を走っているいろいろな車を見てみますと、必要以上にフロントガラスをねかしたり、サイドのガラスを上すぼまりにしたり、明らかにカッコよく見せるためのデザイン優先のものが多いです。大型のセダンなら、それでも室内のゆとりはあるかもしれませんが、小型車がそれを真似てカッコよさのために室内を狭苦しいものにしているのは滑稽だし、私の設計室の住宅デザインポリシーにも合っていません。

もうひとつのポイントは、外観のフロントマスクのデザイン。近頃の車は、ほとんどがヘッドライトが怒ったような釣り眼のものばかりで、それがどうしても嫌だったのですが、キューブは大変穏やかでかわいいデザインです。かといって、女性っぽくはなくて、しっかりした男の子という感じなのが、たいへん気に入りました。

また、色についてもグレーとかシルバーとかの系統の、サラリーマンの背広に通じるようなオジサンルックは嫌だったのと、やはり設計室の車なので、あまりマイカーっぽくしたくなかったので、最初はアッシュブルーというブルー系にしようかと思っていたのですが、実車を見て、写真でご覧のようなシャイニーブロンズという、茶色系にしました。

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ただ、わりと渋い色なので、そのままではちょっとおとなしすぎる感もあるので、所々にオリジナルデザインのステッカーを付けています。これらはいずれもマグネットシート(マグネットが付かない部分は、吸着シート)なので、いつでも取り外したり、位置を変えたりすることができます。
またこの写真には写っていませんが、設計室名を記したマグネットシートもあって、現場へ行く時などは、それも付けています。

あ、肝心の燃費ですが、1500CCエンジンで、レギュラーガソリンでリッター13キロくらい走ります。ガソリン代は以前の半分になりました。

以上、設計室の車の紹介でした。
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(このブログは、主に私の仕事である建築設計のことについて書いていますが、たまには趣味のことも書くことをお許しください。)

1月16日、鍵盤楽器奏者のグスタフ・レオンハルト氏が死去した。

(朝日新聞の記事) http://www.asahi.com/obituaries/update/0118/TKY201201170709.html

私は中学生の時からクラシック音楽を聴き始めた。当初はベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーなどの、古典派やロマン派の音楽を聞いていたが、しばらくしてバッハのブランデンブルク協奏曲(シューリヒト指揮/チューリッヒ・バロック・アンサンブル)を聴いて、バロック音楽も聴くようになった。

高校を卒業した後、1年間浪人したが、その時に手に入れたのが、テレフンケンの「Das Alte Werk」のシリーズから出ていたヴィヴァルディの協奏曲だった。
リコーダーがフランス・ブリュッヘン、バロックチェロがニコラウス・アーノンクール、そしてチェンバロがレオンハルト。初めて聴いた、オリジナル楽器による演奏でもあった。
私は、それに完全に虜になった。木製のアルトリコーダーを手に入れて、練習をし始めたのもその頃だ。

次の年、大学に入ってからは、オーケストラ(神戸大学交響楽団)に入部して、チェロを始めた。オークストラでは当然のことながら、古典派・ロマン派が中心だったが、そのかたわらリコーダーの練習も続けた。
大学を卒業してからは、時に、大学の時の仲間と室内楽をやってチェロを弾いてみることはあったが、自分のあまりの下手さに、それもやめた。そうして音楽の演奏からは離れていった。

7,8年前に、テレマンのトリオ・ソナタ集のCDを手に入れた。リコーダーとフラウトトラヴェルソがフランス・ブリュッヘン、ヴィオラ・ダ・ガンバがヴィーラント・クイケン、そして通奏低音のチェンバロは、グスタフ・レオンハルトだった。
その素晴らしさに、またバロックをしたくなって、リコーダーの練習を再開した。更にフラウト・トラヴェルソと、ヴィオラ・ダ・ガンバにまで手を伸ばした。

バロック音楽を通じて、たくさんの友人ができて、今では月に2回くらいは集まってアンサンブルをしている。(その殆どは録音に残しており、私の宝物である。)
私は今年で60歳になるのだが、少なくとも趣味の世界に関する限り、私の夢は100%叶ったような気がする。

グスタフ・レオンハルト氏は、私をその世界にいざなってくれた一人であり、それ以来ずっと、現在進行形でバロック音楽の魅力を伝え続けてくれた人だった。
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武田尾行き

2011/12/01 Thu 13:22

今年も武田尾へ行ってきました。
紅葉の季節になれば、ほぼ毎年訪れます。

武田尾といっても、近在の方以外はご存じないかもしれませんが、兵庫県西宮市の武庫川沿いの山あいにある温泉郷です。
4軒の旅館があり、二つ武庫川に面していますが、7年前の台風で川の水が氾濫し、大きな被害を受けました。

その内「紅葉館」は建物がほぼ壊滅し、取り壊しを余儀なくされ、4年間のブランクの末、再建されました。
設計は、佐々山茂さん(佐々山建築設計)という建築家で、黒を基調にした、落ち着いたたたずまいの低層建築で、周囲の景観を全く損なわない形で再建されたており、その点はたいへん良かったと思います。

もう一つの「マルキ旅館」は、1階が半分まで水につかったそうですが、幸い構造体に被害はなかったということで、内部を修復して営業を続けることができたそうです。
私個人的には、内部の造りが温泉郷の旅館の雰囲気を残している「マルキ旅館」の方が断然好きなので、武田尾を訪れた時は、必ずここのラウンジ(というか居間)のような部屋に上がらせてもらって、コーヒーを飲みます。よくホテルにあるような喫茶室という感じではないのが、いいのです。
(宿泊はしません。家から1時間半くらいで行けるところなので。)

こういうところへは、平日に行きます。人のたくさんいるところは嫌いなので。
今回行った時も、他にはお客さんもほとんどいなくて、川の流れや、紅葉や、苔むした古木などを眺めながら、ゆっくりできました。

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夕暮れの武田尾。手前の川は武庫川。建物がマルキ旅館。(この写真のみ、2年前に訪れた時のもの。)

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旅館の入口

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別棟に「巌窟温泉」というのがある。入ったことはないので分からないが、つげ義春の漫画によく出てくる鉱泉宿みたいで、好ましい。

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私と、パートナーの安田倫子女史。
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さて、兵庫県加東市にある、上鴨川住吉神社。
わりと小じんまりしているが、いかにも神社らしい神社だと私は思う。
どういったところが神社らしいのかを、これから書く。
というのは、神社と言えば、出雲大社とか、春日大社とか、兵庫県内で言えば、西宮の戎神社とか、神戸の湊川神社とか、ああいった大きくて立派なかまえの神社が神社だと思っている人が多いからだ。
しかしそうではないのだ。本来の神社らしい神社とは、この上鴨川住吉神社のような神社をいうと思うのだ。

道路からは、境内の様子が全く分からない。そこに神社があることさえも、見落としてしまいそうなくらいだ。
車を2,3台停められる程度の駐車場(というよりも空き地)があって、そこから石段を登る。
石段を登るまで、やはり境内の様子は見えない。

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石段を登りきると、境内があるが、塀などで囲われているわけではない。まわりが杉などの高い木で囲まれていて、そこだけぽっかりと空いたような空間になっているのだ。
それがいかにも神域という感じを醸し出している。
建物がいくつか建っているが、境内の周囲に沿って建っているので、境内の中央は広場的に空いている。建物もきわめて質素な造りだ。

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で、面白いのは、その広場の中央に、木の幹が一本立てられていることだ。
実は私が訪れたのは、この神社で一年に一度催される「神事舞」という舞踊的神事の数日前だった。そのため、その神事のための、神さまの依り代(よりしろ)として、その木の幹が建てられていたようだ。神さまというのは、普段はそこにいるわけではなくて、どこか高い所にいるので、神事をするときには、降りて来てもらうのだ。依り代は、そのための目印である。

広場の奥側に鳥居があって、そこからまた石段を何段か上るようになっている。そこにも建物がある。それが拝殿だ。
拝殿は、本殿とは違う。本殿はもっと奥にあって、降りてきた神さまは、そこにご滞在になるので、それを拝むための場所が拝殿だ。
出雲大社などで、大きなしめ縄がある建物が拝殿だ。観光ガイドブックなどでは、それがドーンと紹介されるので、それがメインの本殿だと思っている人が多いが、そうではない。本殿は拝殿の更に奥にあって、通常、あまり見えない。
この上鴨川住吉神社でも、広場からは本殿はよく見えない。鳥居をくぐって、石段を上がると、拝殿の奥に見えてくる。
このへんの奥ゆかしさも、同じ宗教建築でも、お寺とは違う、神社の特徴と言える。

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さて、その本殿は、1970年に解体修理が行われ、その時に木部の塗り替えなども行われたので、他の建物に比べると色鮮やかで新しく見えるが、1493年に建てられたものだから、すでに500年以上を経過している。
流造(ながれづくり)の優美な建物である。

私がこの神社を気に行ったのは、そのあり方が権威主義的でないこと。
古事記や日本書紀によって、神さまは天皇(つまり当時の最高権力者)の祖先として権威づけられ、以来、そのことを強調するような豪壮な造りの社殿を持つ神社が多く造られてきた。
しかし、この上鴨川住吉神社は、それ以前の、民衆の守り神であり、また畏れの対象であった神さまのありかたの雰囲気を、よく残していると思う。
こういった神社は、都会ではなく、こういった田舎に多数点在すると思う。そのような神社は、観光ガイドブックには殆ど載ることがないだろうけど、それを一つ一つ訪ね歩くのは、たいへん面白そうな気がする。

なお、同行した安田倫子女史(この人は仕事上のパートナーですが、一緒に暮らしている人でもあります。)は、さいしょ私の蘊蓄を、ふーん、などと言いながら聴いていたが、そのうち銀杏の大木の下に、たくさんのぎんなんが落ちているのを見つけ、車からビニール袋を取ってきて、私の話なんかそっちのけで、それを集めるのに夢中になってしまった。
しかし、家に帰ってから、煎って食べたぎんなんは、粒が大きくて、綺麗なエメラルドグリーンをしていて、とても美味しかった。


(追記)
上鴨川住吉神社神事舞の写真のサイトがありました。
http://kobe-mari.maxs.jp/kato/sumiyoshijinja_shinjimai_01.htm
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最近、神社がわりと好きで、休みの日など、ドライブの途中で神社があったりすると、ちょっと寄ったりする。
なんで神社が好きになったかというと、「日本のもと・神さま」(中沢新一著)という本を読んだのがきっかけだ。なんで、その本を読んだかというと、同じ著者の「日本の大転換」という本を読んだからだ。
それで、なかなか面白い考え方をする人だと思って、アマゾンで検索したら「日本のもと・神」さまという本があったので、これも読んだわけだ。

IMG_1209a.jpg

実はこれ、小学生向けに書かれている本で、ちょっと難しい漢字には、ほとんど振り仮名が振られている。こういう子供向けの本というのは、私はわりと好きで、字も大きいし、文章も分かりやすいし、マンガ風イラストも多いのがいい。(つまり私の読解力が10歳程度ということか。)
それで、神さまというのは、日本人のアイデンティティーに通じることろがあるなと思ったのだ。(なお、日本で神様と言うと、キリストやアラーやブッダや松下幸之助も神様ということがあるけど、ここでいう神さまとは、天照大神(アマテラスオオミカミ)とか、大国主命(オオクニヌシノミコト)とか、須佐之男命(スサノオノミコト)など日本古来の神さまのこと。)
そして更にいくつか神さま関係の本を読んで、一応の知識を仕入れた。

で、神さま関係の建築と言うと神社だ。
建築設計をやろうと思って大学の建築学科へ入って勉強し始めると、日本建築史という講義もあって、日本の古来の建築についていろいろ学んだ。
神社建築についてもいろいろ学んだが、その代表作は、「伊勢神宮」と「出雲大社」である。私は特に伊勢神宮内宮の建築的デザインの素晴らしさに感動した。
といっても、この建物は一般人がその近くまで立ち入ることはできず、実際には、ほとんど見ることができない。だから写真だけだが、それでも素晴らしいと思った。
格調の高さ、清潔感、優雅さ、日本文化の真髄のような建物だと思う。

IMG_1208a.jpg
                       (小学館「原色日本の美術」第16巻から)

まあ学生時代の、そんな経験もあって、神社とか神さまとかには、もともと惹かれるものがあったのだ。

で、この前立ち寄ったのは、兵庫県加東市にある、上鴨川住吉神社。
わりと小じんまりしているが、いかにも神社らしい神社だと思った。

(そのことについては、また次回に書こう。)
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先日、法隆寺へいってきました。パートナーの安田倫子女史も同行。
なぜ法隆寺へ行きたくなったかと言うと、最近「法隆寺の謎を解く」という本を読んだからです。著者の武澤秀一氏は建築家なので、建築を設計する人から見た法隆寺論ということでが、たいへん興味深く読みました。

で、何が法隆寺の謎かというと、色々あるのですが、一番のメインの謎は、中門の中央に柱が建っていて(下の写真参照)、このような設計は日本のお寺に一つもないということ。

IMG_1204a.jpg

これは昔から謎とされていて、いくつかの説が出ていたのですが、一番センセーショナルだったのが、梅原猛が「隠された十字架」という本で打ち出した、聖徳太子一族鎮魂説です。これは有名な説なので、ご存知の方も多いかもしれませんが、聖徳太子の死後、その息子の山背大兄皇子が、皇位継承のトラブルから蘇我入鹿の軍勢の襲撃を受け、斑鳩寺(聖徳太子の私寺だった)にて家族全員、女子供まで自害して絶えた。その後、その祟りを恐れた者たちが、聖徳太子一族の魂を鎮めるために法隆寺を造り、怨霊をそこに封じ込めるために、門を封印するという意味で、中門の中央に柱を建てたというものです。

この梅原説に対して、武澤氏は真っ向から反論しています。その理由や根拠などは、推理小説の謎解きのように面白いので、興味のある方は、ぜひ本を読んでいただきたいと思いますが、要するに、機能上のこととデザイン上のことで、そのようにしたのだというわけです。この機能とデザインに理由を収斂させるところが、いかにも建築家の論で、私としては面白かったし、梅原説よりも納得できるところが多かったです。
それで私としては、この武澤説を検証すべく法隆寺を訪れたわけですが、そこで奇しくも私は、中門の柱についての全く新しい説、安田倫子説に遭遇することになりました。

安田倫子女史によると、「そんなん、真中に柱がある方がしっかりするから、そうしたんとちゃうん。」ということで、その根拠としては、柱の下部で柱を支えている礎石に形に注目したのです。中門の柱は10本あるので、礎石も10基あるのですが、それぞれの礎石の形が、みんな違っていて、形がいびつで、大きさもまちまちで、要するに、その辺にあった手ごろな石(といってもけっこう大きいが)を持ってきて適当に置いたのだというわけです。
なるほど、そう思ってみますと、その通りです。中門はメインの出入り口なのですから、礎石が皆そろっている方が格好がいいし、それに形もばらばらで、大きさもまちまちなら、つまづきやすいです。
であるにもかかわらず、そのような石が使われているのはなぜか。その理由を安田女史は「昔の人は大らかだった」と一言のもとに決定づけるわけです。設計者も施工者も、そして建築主もおおらかであって、当時は石を運んだり切ったりするのは大変な労力を必要としたはずだから、「そんな無理せんでええやん、適当でええやん。」という感覚のもとに、このような礎石が使われたのだというわけです。

そして、この大らかさは、礎石のみならず、中門の設計および施工にも同様に発揮され、当時の設計者や施工者曰く「まあ大体このお寺だったら、これくらいの大きさの門はほしいよなあ。そうすると出入り口の幅はこれくらいがいいよなあ。そこに柱を建てるわけだけど、普通に中央を空けるような柱配置にすると、どうもそれぞれの柱間隔が広すぎるようになってしまって、ちょっと構造的にあぶないよ。そしたら1本柱を増やすか。門の真ん中に柱が建ってしまうけど、べつに通れないわけではないし、かまへんやん。」という感じで、そのように施工されたというわけである。
それを後世の人が、ああでもないこうでもないと、小難しい理屈をひねり出して論じているだけであって、安田女史曰く、「昔の人は大らかで、そんか難しいこと何も考えてへんねん。あの礎石を見たらわかるやん。」と、こうなるわけである。

ついでに法隆寺のもう一つの謎として、その伽藍配置があります。
当時の主要なお寺は、四天王寺にしても、東大寺にしても、薬師寺にしても、金堂や塔の配置が、左右対称になるようになっているのに、法隆寺では、中門を入ると、左に塔が建っていて、右に金堂が建っていて、左右非対称の配置になっています。(次の写真は、中門から北を見たところ。)

IMG_1200a.jpg

この左右非対称配置は、その当時、2,3の寺で採用された例はあったようですが、きわめて少なく、残存している例は法隆寺しかありません。なぜ法隆寺では、このような配置にしたのか。

これについても梅原猛は鎮魂鎮魂と言い、武澤氏は機能とデザインと言うわけですが、安田女史は違います。
法隆寺の回廊で囲まれたスペースの北側は、すぐに斜面となっています。で、当時の設計者と施工者曰く「あの斜面を削るのは大変やから、やめとこな。せやけど、そうなると南北が狭くなってしもうて、塔と金堂を前後に建てるのは無理やで。そしたら左右に建てたらええやん。左右対称にはならへんけど、べつにかまへんのとちゃうん。かえっておもしろいやん。」というわけで、ここにおいても、古代の人たちの大らかな発想、というか無理しないという自然態の心、というか、ええようにしたらええやん、というこだわらない心が、大いに発揮されたわけです。

以上、法隆寺の謎に対する、安田倫子説をご紹介しました。
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前回、「老けて見えたら、いけませんか?」というテーマで書いたので、今回はその関連テーマです。
で、禿げてたらいけないのかということなのですが、要するに禿げていたら老けて見えるからいけない、ということなのだろうと思います。
しかし、老けて見えることはいけないということは、前回で論破したので、老けて見えてもいいのである。とするならば、禿げていてもいいのである。
でも、禿げてくると、それを隠そうとする人が多いようなのだなあ。で、アデランスとかアートネーチャーが売れるわけだ。
まあ、私も好き好んで禿げたわけでもないのだが、これはこれでいいような気もしている。
だいたい、私の好きな人、尊敬している人には、禿げのひとが多いのだ。

たとえば作家の、浅田次郎さん。
指揮者の、ユージン・オーマンディ氏。
作曲家なら、ジャン・シベリウス。
建築家では、アルヴァ・アアルト。
書家の、榊莫山さん。

これらの方々は、それぞれの分野で、特に私が敬愛している人たちなのだけど、みなことごとく禿げている。
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私の友人(男性・47歳)が、インターネットのあるサイトに、こんなことを書いていた。
どんなことかというと、彼は最近、口角を挙げる練習をしているそうだ。
なんでも、口角が下がっていると、老けて見えるらしいのだが、 その運動をすると、それを防止できるらしい。
どうするかというと、割り箸を口に深く加えて、割り箸より口角が上にでるようにして、それで90秒キープするのだそうだ。
で、彼は「口角が上がると、若々しく見えて好印象かも。」と書いている。

なるほど、そんな運動もあるんですね。
でも、若々しく見えたら好印象なんでしょうか?

私は、髪の毛がかなり少なくて、前頭部から頭頂部にかけては、ほとんど禿げあがっているので、実際の年齢よりも上に見られることが多い。
でも、それで何かマイナスがあったかというと、全然思い当たらない。
実年齢より上に見られて、仕事を断られたということもないし、クライアントや施工業者に軽視されたということもない。

実際には、むしろ逆なのである。
人は、相手が自分より年上だと思うと、自然と丁寧な言葉遣いになるし、気を遣ってくれる。
こちらの言うことにも、よく耳を傾けてくれる。
電車に乗ったりすると、堂々と優先座席に座れるので、得をしたと思うこともある。

まあ、外見で人を判断するような、軽薄なミーハー女性には、もてないかもしれないけど、いまさらそのようなことを求める歳でもない。(まあそれは、私が熟年女性が好みで、若い女性には殆ど興味がないという個人的な趣味性もあるのだけど。)

もし、私の友人のように「若々しく見えて好印象」というんだったら、60歳の人よりも50歳の人の方が必ず好印象になるはずだし、40歳の人は更に好印象ということになってしまうけど、そんなことないでしょう。
一人の人でも、歳をとればとるほど印象が悪くなるかというと、これもそんなことはない。
逆に、年齢を重ねて、より好印象になった人は、私のまわりにもたくさんいる。

要するに、どのように歳をとるかという問題なんであって、
だから、老けて見えていいんですよ!

(近々、「禿げてたら、いけませんか?」というテーマでも書いてみたい。)
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 ピアニストの黒瀬紀久子さんは、私の小学校の同級生です。家も近所で、幼稚園も一緒でした。
 
 彼女は、多忙な演奏活動のかたわら、「NPO法人 クラシックファンのためのコンサート」を主宰していて、クラシック音楽の良質な演奏を、気軽に多くの人に聴いてもらう活動をしておられます。

 http://www.classicfan.jp

 その会の会報「花音(カノン)便り」の最新号に、私の拙分が載りましたので、それをここに転載させていただきます。

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私の音楽趣味・・・バロック音楽を奏でる

 私がクラシック音楽を好きになったのは、中学3年生の頃です。その頃、我が家で小さなステレオを買って、しばらくは歌謡曲などを聞いていたのですが、母がせっかくだからクラシックも聴いてみようと言い出して、三宮のレコード店に行って、なにも分からずに買ったのが、カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏するベートーヴェンの「運命」とシューベルトの「未完成」でした。そのレコードに私が期せずしてハマッてしまって、クラシックオタクになって現在に至っています。

 大学生の時は、大学の交響楽部に入って、チェロを弾いていましたが、その頃からバロック音楽が好きになり始めました。初めて聞いたバロック音楽は、バッハのブランデンブルク協奏曲で、ベートーヴェンやブラームスと違う、その軽やかな音楽にすっかり心惹かれてしまいました。そして、更にバロックに引き込まれることになったのは、ブリュッヘンがリコーダーを吹いて、レオンハルトやアーノンクールも加わったアンサンブルによるヴィヴァルディの協奏曲集でした。これがまた素晴らしくて、リコーダーの素朴で美しい音色に魅了されてしまって、木製のリコーダーを買ってきて自分でも練習し始めました。

 大学を卒業して、しばらくは大学の時の仲間と室内楽のグループを作ってチェロも弾いていましたが、ある日、自分たちで演奏した録音を聴いて、そのあまりのひどさにショックを受け、こりゃだめだと確信しました。(ヨハン・シュトラウスのワルツ「芸術家の生涯」が、まるで「星影のワルツ」か「芸者ワルツ」のように聞こえたのですから。)

 そうして自分で音楽を奏でることからは遠ざかってしまい、もっぱらレコード(CD)鑑賞に耽っていたのですが、10年くらい前に、少し思うところがあって、リコーダーを再び練習しはじめ、インターネットで知り合ったバロック音楽好きのアマチュア仲間たちとアンサンブルをするようになりました。そのうちに、私はフラウト・トラヴェルソ(バロックフルート)も吹くようになり、さらにヴィオラ・ダ・ガンバも弾くようになりました。今では、ヴィオラ・ダ・ガンバでバロックの室内楽の通奏低音を弾くことが無上の楽しみになっています。

 そうやって奏でる楽しみを再び手に入れたのですが、私は自分なりの不文律にしていることが一つあります。それは人前で演奏しないということです。アマチュアの中には、発表会的な場に出たり、幼稚園や老人ホームなどに出向いて行って演奏を聴かせる人が、けっこういます。それはそれでかまいませんが、私はそれはしたくないのです。人に聴かせる音楽を奏でるのは、相手がたとえ子供や老人であっても、それはプロの仕事だと思っています。アマチュアは、純粋に自分のために音楽をするべきだというのが私のポリシーだからです。ですから、私の参加しているアンサンブルも、人前での演奏は一切しません。仲間で集まって、その時に演奏する、それが私たちにとっての一期一会の本番であると心得ています。

 でもプロの優れた方々の演奏は、私もたくさん聴きたいので、「クラシックファンためのコンサート」は、とても素晴らしい企画だと思います。そして願わくは、もっとバロック音楽の演奏会があればいいなあと思っています。

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エレベーターの開閉表示

2010/02/23 Tue 18:31

昔からズーと気になっていることがあって、それは何かというとエレベーターの押しボタンの開閉表示なのである。
下の写真のどちらが「開」でどちらが「閉」かというと、左が「開」で右が「閉」である。なぜかというと、マークの三角は矢印を表わしていて、それが左のボタンは外を向いており、右のボタンは内を向いているから、左が「開」で右が「閉」という理屈である。

エレベーター

しかし、私はとっさの時に、右が「開」で左が「閉」に見えてしまう。ドアが閉まりかけていて、誰かが乗ろうと走ってきたときなんかに、開けてあげようと思って、とっさに右のマークのボタン(つまり「閉」)を押してしまうことがある。皆さんは、そんなことはないだろうか。

これをある友人に言ったら、「そうだなあ。たしかに右のマークの方が発散的だよなあ。」と言った。(彼はカメラの設計をしている。カメラにも、マークのついた押しボタンがいろいろある。)

そうなのだ。明らかに右ボタンのマークの方が、“開く”という感じがある。つまり、三角は矢印で・・・という“理屈”と、視覚的な“感覚”とが、齟齬をきたしているのだ。
私は、これはエレベーターという、安全性を重視しなければならない設備において、大きなデザインミスではないかと思う。

久しぶりに政権交代もあったことだし(関係ないか)、この際、エレベータメーカーには、理屈と感覚の一致した、分かりやすくて間違いの起らない新しいマークを考案してもらいたい。

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地下って暖房してるの?

2009/12/19 Sat 13:22

先日、友人と地下駐車場に入ったら、その人が「駐車場を暖房するなんて、もったいないなあ」と言いました。
いえいえ、違うのです。暖房などしていないのです。地下は冬でも暖かいのです。
それを友人に説明したら、へえそうなのかと感心していました。

そういえば以前に、別の人と地下鉄の駅に降りていったら、やはりその人が、「地下鉄の駅は暖房しているから暖かくていい。」と言ったことがあります。
決して鉄道会社は駅のプラットフォームまで暖房したりしていません。先ほどの駐車場と同様に、地下は冬でも暖かいのです。

逆に夏は地上より涼しくなります。
地下は、まさに今はやりの省エネ・エコ空間なのです。

(私の設計室のHPの中の 「地下室のすすめ」 もご覧ください。)
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建築のことばかり書いていると、どうしも内容が堅くなってしまいますので、今日は私の趣味について書いてみたいと思います。

私は、いくつかの趣味を持っているのですが、一番長続きしているのが、音楽の演奏です。
アマチュアのバロック音楽のアンサンブルに参加していて、ヴィオラ・ダ・ガンバ、フラウト・トラヴェルソ、ブロックフレーテといった楽器を演奏しています。
こう言っても、どんな楽器がわからない方も多いと思いますので、写真をお目にかけます。

flauto.jpg

テーブルに立てかけてある弦楽器が、ヴィオラ・ダ・ガンバです。チェロと同じように脚の間にはさんで、弓で弾きます。音も、チェロに似ています。

テーブルの上に置いてある3つの楽器の内、左側の2本が、フラウト・トラヴェルソです。横笛で、要するにバロック時代のフルートです。これが、近代になっていろいろ改変されて、現在の金属製のフルートになりました。

右側の1本は、ブロックフレーテです。これは縦笛で、小中学校で音楽の時間に吹いているアルトリコーダー基本的には同じものですが、バロック時代には、これも一般的な楽器でした。

私の参加しているアンサンブルでは、こういった楽器に、鍵盤楽器のチェンバロ(といっても本物ではなく、キーボードをチェンバロ音で使用します)が加わって、数人で合奏を行います。

曲は、バロック時代の室内楽曲。作曲者名で言うと、バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディ、テレマン等などが有名どころです。

月に1,2回集まって合奏していますが、実は昨日もこのアンサンブルの例会があり、約4時間、8曲を演奏しました。毎回それくらいするので、最後の方になると、私などいささか疲れてきて集中力散漫の状態になるのですが、それでもたいへん楽しい一時です。

そしてこの演奏は、メンバーの一人がすべて録音してくれていて、それを後でCD-Rに焼いて渡してくれます。
それを仕事で疲れた時などに聴くのも、また楽しいです。
決して上手ではなくて、特に私など、よくミスしたりもするのですが、不思議と自分たちの演奏というのは何度聞いても飽きないですね。
(ご希望の方には、メンバーに内緒で、ちょっとだけお聞かせしますので、おっしゃってください。)

また気が向いたら、今回のように、時々趣味的なことも書かせていただくかもしれませんので、よろしくお願いいたします。
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晩秋の武田尾温泉

2009/12/10 Thu 20:03

兵庫県西宮市を流れている武庫川の上流に、武田尾温泉というのがあって、私は好きで時々行く。
行くと言っても、泊まるのではなくて、ドライブがてらに寄るだけなのだが、全く観光化や歓楽化がされてなくて、そのひなびた雰囲気が好きだ。

旅館は、元湯旅館、マルキ旅館、河鹿荘、紅葉館の4つがある。
その内、紅葉館は最近建て直されて新しい建物になったが、良い設計で、周囲の雰囲気とよく調和している。

なお、武田尾は、水上勉の小説「櫻守」の舞台の一つになっており、実際に著者は、マルキ旅館の離れの間で執筆もしたらしい。

写真は、11月27日の夕暮れ時に撮影した、晩秋の武田尾温泉マルキ旅館付近。

武田尾温泉
(画像をクリックすると、拡大写真が別ウインドウで開きます。)
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先日、ピアニスト黒瀬紀久子さんのコンサートを聴きにいった。
彼女は、実は子供のころ、私と家がすぐ近くで、同い年なので、幼稚園と小学校も同級生なのである。
黒瀬さんは、NPO法人「クラシックファンのためのコンサート」を主宰されていて、毎月大阪で市民のための無料コンサートを開いておられる。

先日は、黒瀬さん自らのピアノリサイタルだった。
曲はバッハのインベンションとシンフォニアの全曲。

この曲は、バッハの鍵盤曲の中では比較的よく知られた曲だと思うが、一般的にピアノ学習者の練習用の曲というイメージがあって、(実際、バッハは、自分の息子達の学習用にこの曲を作曲したそうだ)、あまりコンサートで弾かれることはないと思う。
私もチェンバロ演奏のCDは持っているが、生のコンサートで、しかもグランドピアノで聴くのは初めてであった。

そして聴いた印象としては“瞠目”の一言につきる。
これらの曲が、単に練習用の曲ではなくて、深い内容を包含していることは、以前からなんとなく感じていたので、今回のコンサートは期待していがた、これほど力強くてファンタジーに満ちたものであるとは、私の想像をはるかに超えたものだった。
音楽って、やっぱりすごいなあと思ってしまった。

それに、生のコンサートというのは、とてもいいものだ。やはり感銘の度合いが、CDなとどは全く違う。
神戸でも、これと同じように、市民が気軽に聴きに行けるコンサートがあるといいなあと思う。

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「クラシックファンのためのコンサート」の活動と、これからのコンサートの予定については、
http://www.classicfan.jp/index1.html
をご覧ください。
     
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つげ義春のこと(2)

2009/11/02 Mon 14:39

もうすこし、つげ義春のことを書こうと思うのだけれど、彼について、こんなことが書かれているのを読んだことがある。

(つげ義春「蟻地獄・枯野の宿」(新潮文庫)の高野慎三氏の解説の文中)

『かつて著者(つげ義春)は、私(高野氏)の質問に答えて、創作意欲というようなものはない、と言い切った。「自分は金があれば描かないんです」ということであった。
だが、この「金があれば」ということばを経済的に余裕があるという意味にとらえると大間違いである。著者にとって、(中略)大金はほとんど意味をなさない。したがって「金があれば」というのは、「生活できれば」ぐらいのことだ。』

へえ、そうなのか、と私は思った。
しかし考えてみると「創作意欲」っていうのは、いったい何なのだろう。
もの作りに携わっている人には創作意欲が必要不可欠のものであると、世間の大抵の人が思っている。
しかし本当にそうだろうか。

本当に必要なのは、創作能力であって、創作意欲ではないのではないか。

ひるがえって、自分の建築設計という仕事を考えてみたとき、そう思うのだ。
なまじ創作意欲などというものがあるから、施主のお金でつくる施主の住まいにおいて、自分の表現意欲を満足させようというような、そしてそれを世間に売り込もうという

ようなスケベエ心が働くのではないか。

建築家に必要なのは、知識と経験と理解力と責任感であって、創作意欲(ましてや表現意欲)などというものは無い方がいいのではないか、そんな気がする。


なお、つげ氏は1986年に49歳で「無能の人」6部作を書き終えたあと、2,3の作品を書いたのを最後に、現在まで20年以上、新作を一切発表していない。
それは、彼の作品がそのころ認められて、文庫本化などされ、それによってきっと「金がある」=「生活できる」状態になったからだろう。
そういうクールさが、私はやっぱり好きだ。
そういう彼の“生き方観”とでもいうものは、やはり彼の漫画作品(中でも「無能の人」6部作)に色濃く表れ、読む私を安心させてくれるのだ。

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つげ義春のこと(1)

2009/11/01 Sun 14:37

私は漫画とか劇画というのは、あまり読まないのだけれど、だだ一人、大好きな漫画家がいる。
つげ義春である。

彼のことを知るようになったのは、竹中直人が監督&主演をした映画「無能の人」(1991年)のDVDをレンタルで借りて見てからである。
この映画が、たいへんおもしろかったので、原作の漫画を買って読んでみた。
そしたら映画以上におもしろく、強く惹かれてしまった。

映画の原作になった「無能の人」6部作(「石を売る」「無能の人」「鳥師」「探石行」「カメラを売る」「蒸発」)は、ある意味で、私の人生ののバイブルでもある。
というよりも、主人公の助川助三は、私そのものであるような気がするのだ。

tsuge.jpg


その他にも「紅い花」「義男の青春」「海へ」「ほんやら洞のべんさん」「長八の宿」「池袋百点会」など、詩情とペーソスにあふれ、たかがマンガなのに何度読んでも飽きない。
私の好きな浅田次郎の短編小説(たとえば「霧笛荘夜話」)や、劇団ひとりの「陰日向に咲く」などと共通するものを感じる。

まだ読んだことのない方は、ぜひ読んでみてください。

(ただ、私の妻などは映画「無能の人」を見て、「何、この貧乏くさい映画。貧乏がうつる~、いや、いや!」」と散々だったが・・・。)

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「霧笛荘夜話」に思う

2009/10/01 Thu 12:35

浅田次郎の短編が好きで、殆どの本を単行本で買って持っている。
「鉄道員(ぽっぽや)」を初めて読んだときは、不覚にも涙がぽろぽろこぼれた。

その浅田の短編集の中でも、一番好きなのが、「霧笛荘夜話」だ。
霧笛荘というレトロなアパートを舞台に、その家主の老女と住人達の物語が展開するが、著者が描写するその建物の懐かしい雰囲気がとても良く、自分もこんなところに住んでみたいなあと思わせる。

私は、住宅の大切な要素の一つが、“懐かしさ”だと思っている。
それがそこに住む人の心を慰め豊かにする。
だから古いものは大切にしなければならないし、大きな価値があるのである。

そしてまた、私たちが設計し建築する新しい住まいであっても、そこになにか住み手にとって懐かしいものが感じられるといい。
またそこで大きくなる子どもたちにとっても、大人になったとき、その空間を懐かしく思い出すことのできるものでありたい。

その懐かしさというものは、住み手にとってみな違っていると思うが、設計のときの打ち合わせによって、それを上手く引き出せて、実現することができればいい。

そういうことを心に留めて、そしてそれを実現できるような建築家でありたい。
だから建築家は新しいものを創る立場でありながら、古いものも守ろうとするのである。

霧笛荘夜話

・・・浅田次郎 「霧笛荘夜話」 (角川書店)

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河井寛次郎記念館

2009/09/12 Sat 13:20

先日、京都にある河井寛次郎記念館を訪れた。
陶芸家の河井寛次郎(1890~1966)が、47歳のときに、自ら設計した自邸兼仕事場である。
外観は普通の町屋のように見えるが、中に入ると、かなり広い敷地を使って、中庭を中心に、自由な空間構成がなされている。
意匠的には、一般的な町屋あるいは民家風の伝統的なものであり、奇を衒ったところや、とりすましたところ、あるいは名士の邸宅などに時おり見られる権威主義的な雰囲気などは皆無であるが、吹抜け、中庭、スキップフロアなどといった、近代的とも言える建築構成上のエレメントによる各室の配置と全体の構成が自由闊達で、住宅建築としては、たいへん優れたものだと思う。
各室と中庭など外部空間との関係も、よく考慮されており、明るく開放的で気持ちが良い。
河井寛次郎は、建築の専門家ではないはずだが、それでいてこれだけの設計ができるとは、にわかに信じがたいことである。
やはり芸術に対する確かな目は、陶芸にも建築にも、活かされるものなのだろう。

写真の掲載は問題があるといけないので、外観だけにしておくが、この建物の持ち味は、その立体的構成と“気持ちのよさ”にあるので、写真では味わうことができない。ぜひ現物を見てほしいと思う。


河井寛次郎記念館

・・・撮影:助川一人(スタジオひとり)

河井寛次郎記念館のサイトは
http://hcn.plala.or.jp/fc211/sagi/

(ただし、そのサイトにある建物の写真は、たいへん下手です。)

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